第4回 解決法の極意
第4回 解決法の極意
第4回 解決法の極意
1、まず自観法によって「いのちの本体としての創り主という本当の自分」を認識してください。
それは全知にして全能の宇宙のサムシング・グレイトと全く同じ存在です。
それは、五感と大脳の世界のあなたの背後に、特殊な曇りガラスのようなもので仕切られてあなたの本体として存在しています。
とにかく、あなたの実相は、神秘的かつ奇跡的に宇宙とつながっているまことに壮大な存在だということです。
これが信じられるようになるには、まず、出来るだけ、今、自分に与えられているもので嬉しくなれるものに感謝することで幸せになる、ウキウキすることです。
それを続けると、
そうすると、自分をとりまく状況、環境が変化していくことがわかります。
そこで、自分と外が関係しているな、ひいては自分と全体とか宇宙ともつながっているのではないか、と思えてきます。
そうして、この一見つまらない、取るに足らないように見える一個の自分というものに全宇宙=全体が宿っている、またつながっている不思議な関係を信じられるようになってきます。
このことは「華厳経」という日本と中国の思想に深い影響を与えた経典にも書かれていることです。
「万物は、相互にその自己の中に一切の他者を含み、互いに無限に関連しあっている」と。
これがまた、現代の最先端の科学、量子力学の考えでもあります。
個々の素粒子は宇宙のすみずみまでに広がっている(これを量子の非局在性と言います)、そしてまた、逆に、宇宙全体があなたの一個の粒子に向けて収められている(これを、一即多、多即一と言います)、さらには、あなたの意識が潜在意識の量子レベルにおいて現実を創造している(これを観察者効果と言います)という驚きの存在、それがあなただということです。
ここに頼んで出来ないことなど何もないでしょう。
これを出来っこない、ということは、全知全能の創造主に対し失礼極まりない言い分だということになりはしなでしょうか?
「父が私に在り、私が父に在る時、叶わないことなど何一つありません」
これは、イエス・キリストが大きな奇蹟を行って問われた時の答えです。
父とはイエスに宿り、あなたに宿っている「いのちという創り主」のことです。
五感と大脳の世界の背後に、特殊な曇りガラスのようなもので仕切られて見えないようになっている「いのちという創り主の父」の世界です。
それが「万物に神が宿る」と日本で古神道時代から伝えられている部分のところです。
とにかく、日々、自分の中の創造主と波長を合わせる生き方を心がけ(in tune with the infinite)ることです。
例えば、今、自分に無いものではなく、すでに与えられ恵まれているものに感謝するようにする。
すると感謝したくなるようなことがドンドン起こるようになるでしょうし、人生がだんだん好転していくのが分かるようになると思います。
繰り返しになりますが、なるほど、自分の心の在り方で、いわゆる他人や環境という他の世界も変わっていくんだとわかって、やはり、自分というのは、信じがたいことではあるが、イコール全体なんだ、ということがだんだんとわかってくるようになります。
2、次に、志(こころざし)があれば、願望は実現しやすい、ということをお話しします。
志とは、自分が本当にしたいこと、それをすることが心から好きなことで、世のため人の為になることを何とかして見つける、ということが大事なのです。
何故か?
「世のため人の為」が、明らかにあなたの中の内なる神(infinity)の波長に同調操作したことになるからです。
ほんとうの「世のため人の為」の波動は「愛」だから、ドンピシャで波長が合うのは当然のことです。
なので「己の内なるいのちの創り主」に向かって、「この志を必ず必ず成し遂げますからその為のお金を回してください。人材を引き寄せさせてください。設備をお与えください」と切に頼めばきっと答えが着物を着てあっちからやってきます。
3、最後に、願望実現というより、なかなかすぐには解決しない問題が起きているという場合の解決法の探求に移りましょう。
あるいは、これがみなさんの最も関心の深いところかもしれません。
この問題の解決法については第三回目の「現実というもののカラクリ」ところで少し触れています。
以下のとおりです。
現実世界に再生される記憶情報は、多くの場合、ネガテブで苦しい出来事が少なくないということ。
そういう意味では「人生は苦」だということ。
そこで起こっている問題は、すべて、基本的には、まず、自分が中心となって起こしている、という認識が必要です。
相手や環境のせいにしてはいけません。
相手や環境は自分の心の影だからです。
あなたの人生の現実はあなたの潜在意識の中の記憶を映し出した鏡だからです。
相手や環境のせいにすると、道を誤ります。
迷路に入ってしまいます。
解決できなくなります。
そして、そのネガテブで苦しい出来事の再生には、実は、意味があって、それは、本体のいのちの神様から見れば、その人に学びの機会を与え、成長ののチャンスを与えたことであり、その学びの成長によって、その人にとってのより良い人生を与えようとしていることです。
そして、困難やマガゴトが起こったら、それを引き起こしている潜在意識の中の記憶・情報をお祓いし消去すれば消えていくとも申しました。
そういう学びのために必要であるからこそ、その出来事はその人に必然的に起きたわけで、それを「これでよいのだ、これがベストなんだ」と受け入れることが大事です。
ただし、「これでよいのだ」と放っておくということではなく、それを「起こるべくして起こった」こととして受け入れ、これを真正面から受けとめ、お祓いし、消去していけばよいだけだ、ということを話しました。
その消去とお祓いの具体的方法については、5月7日のセミナーで伝授したいと思います。